東京高等裁判所 昭和34年(ネ)1386号 判決
控訴人は被控訴人にたいし小切手法第七二条により利得償還の請求をするものであるところ、同法条は小切手から生じた権利が手続の欠缺または時効によつて消滅したとき振出人その他の者が対価を得て利得している場合に小切手の正当な所持人にその利得の償還を請求できる権利を与えたものであることみぎ規定の趣旨からあきらかである。ところで本来小切手の正当な所持人として小切手上の権利を行使し得べかりし者がたまたま小切手を盗取せられ、失権当時小切手の現実の所持を有せず、もしくは逸早く除権判決を得ていなかつたとしても、もしその間他の第三者においてその小切手上の権利を取得するに至らず、被盗取者において実質上の権利者たることを失つていなかつたものとすれば、振出人らに利得の存する限り、みぎ被盗取者は同法条による利得償還請求権を有するものと解するのが相当である。
本件について見るに、控訴人は前記認定のようにいつたん小切手の所持人となつたが、これを盗取せられ、呈示期間の徒過による手続欠缺によつて小切手上の権利が消滅したのであるから、控訴人が現実に小切手を所持していないでも、実質上小切手上の権利者たる地位を失わず、また振出人たる被控訴人において現に利得をしている以上は控訴人にみぎ利得の償還を請求する権利があるものとなさざるを得ない。
そこで本件小切手が盗取せられて後の経過について調べると、証拠をあわせると、本件小切手は控訴人の所持にあるうち昭和二十五年十一月十日東京都港区芝高輪の旅館幸楽において川上輝雄その他の者らによつて窃取せられたが、みぎ犯人らは昭和二十五年十一月二十四日ころ大阪市東区高麗橋東洋貿易株式会社にいたり繊維品を買受ける約束をし、その代金支払にかえてみぎ小切手を同会社に交付し、同会社代表取締役北川正信は同月二十五日大阪市西区南堀江奥浦為之助にたいし負担する商品代金債務の内入弁済のためこれを同人に交付したこと、みぎ奥浦為之助は、同月二十八日被控訴人銀行祐天寺支店にいたりみぎ小切手を呈示して支払をもとめたところ、これよりさき前記加藤れん子および控訴人らは昭和二十五年十一月十日小切手を盗まれるやただちに被控訴人銀行祐天寺支店にたいし、みぎ盗難にあつたから小切手の支払を停止せられたい旨届け出てあつたので、同支店員の係員増子昇はみぎ小切手の持参人が現れたことを控訴人および前記加藤れん子に連絡したため高輪警察署ならびに所轄検察庁の捜査するところとなり、小切手は一応みぎ警察署、検察庁の領置するところとなつたこと、取調の結果前記小切手移転の経路があきらかとなり小切手持参人である奥浦為之助は小切手窃取の犯人ではなく、また情を知つてこれを取得した者でもないことが判明したので、小切手は検察庁から被控訴人銀行祐天寺支店に、同支店からみぎ奥浦に返還されたこと、しかしてみぎ奥浦は昭和二十五年十二月十八日小切手をあらためて大阪銀行を通し被控訴人銀行に支払のため呈示したところ、みぎ呈示は小切手呈示期間経過後のものであつたけれども銀行振出の自己宛小切手は期間経過後に呈示があつても一般に支払を拒絶することのない取引上の慣習があるので被控訴人銀行はこれにしたがい即日手形交換手続によつてみぎ小切手金を支払つたことをそれぞれ認めることができる。
以上のとおりとするならば、本件小切手は控訴人の所持にあるうちに他人に窃取せられ、呈示期間経過後に無権利者である窃盗犯人から東洋貿易株式会社に譲渡せられ、さらに同会社から奥浦為之助に交付せられたものであるから、奥浦為之助は実質上小切手上の権利を取得していないものというべきではあるが、みぎ奥浦は前記認定事実のもとでは外観上正当な小切手上の権利者と認められ、被控訴人も、みぎ奥浦を実質上小切手の権利者であると信じて支払をしたものであるからみぎは小切手債権の準占有者にたいする弁済というべきで、被控訴人は本件小切手金の有効な支払をしたものと認めるのほかはない。
(牧野 谷口 満田)